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リサーチ・レポート(天理教について)
2008-12-17 18:47:07

<天理教について>

*天理教の概要

「宗教法人天理教」及びその被包括法人である「宗教法人天理教教会本部(略して教会本部)」は奈良県天理市にあり、またその傘下にある一般教会は各地に点在する。

 主祭神は天理王命(てんりおうのみこと)のほかに、教祖と御霊を祀る。教祖は中山みきであり、教会本部では「教祖」と書いて「おやさま」と呼称している。教祖は死亡したが、その魂は今でも現世に生きており、人々の暮らしを見守っているという信仰がある。現在の総理者は真柱中山善司である。

 天理教では、現在の教会本部神殿内の場所において人類が発祥したとしている。その場所を「ぢば」(地場)としており、人間がこの地を訪ねることを「人間の故郷に帰る」と説き、「おぢばがえり」と呼称している。

「中山家の家紋」

 

神殿では、毎日朝晩に「おつとめ」という定例の礼拝が行っており、また毎月26日は、「月次際」(つきなみさい)という礼拝が行われる。一般教会においても、「親神」「教祖」「御霊」の三者を祀る神殿を設置、「おつとめ」や「月次際」の礼拝が行われている。

礼拝する際、信者は「あしきをはろうてたすけたまえてんりおうのみこと」と唱え、そこに定まった手振りを加え、親神天理王命に祈りささげる。

 

 

*天理教のはじめ

1838(天保9年)1026日に大和国[1]の村(現在の奈良県天理市三島町)の農民中山みきが、息子・秀司の病気を治すために、山伏(やまぶし)[2]に祈祷を依頼した。それでも治らなかったため、自ら修験者の霊媒となった際に、「親神(おやがみ)」天理王命(てんりおうのみこと)が天降ったとされる。教会本部ではこの日を「立教の元一日」と称し、ここから天理教の歴史が始まったとされる。その後、中山家は没落の一途をたどったが、教祖は三女の出産に対して初めて行った安産の救いである「帯屋(おびや)ゆるし」を望む人に行ったり、人々の病気を治す「陽気な授け」などの奇跡を起こし、近隣の住民の信仰を集めたと伝えられる。

 

*教勢

天理教教会本部によれば、明治末期の段階で10万人程度であったが、大東亜戦争に突入する頃には、30万人程度に急増している。時を同じくして分派団体が多く発生している。戦前においては新宗教の中で最も大きな教団に成長し、現在のところ教会本部の公称では190万人程度としているが、宗教学者等の分析によれば現在の実数は多くて50万人程度ではないかと見られている。

 

*組織

・教団組織

 総理者は真柱(しんばしら)であり、初代には教祖中山みきの孫にあたる中山眞之亮(なかやましんのすけ)が就いた。以後、血統者が就任している。現真柱は中山善司であり、4代目となる。

宗教法人天理教の主たる事務所組織を「教庁」という。布教部、海外部、教義及史料集成部、教化育成部、輸送部等は教庁の組織である。宗教法人天理教の代表役員は表統領といい、主に教団の事務関係を司り、真柱以外の者が就任している。また、宗教法人天理教の意思決定機関は「集会」と呼び、集会員が選出されている。


・教会

天理教の教会は、教会本部及び一般教会からなる。一般教会は、主に中山みきの生前に信者により結成された講社をその端緒(たんしょ)とするものであり、布教の系統にしたがって設置され、その規模に応じ大教会及び分教会と呼称される。大教会はすべて本部直属教会であり、分教会は本部直属、大教会直属又は他の分教会直属のいずれかである。そのほか、教会を経由して教会本部に届け出ることにより布教所を設けることができる。教会及び布教所においては、つとめ及び祭典が行われる。 教会数は日本国内に16824ヶ所あり、また韓国、ブラジルを始めとして海外に317ヶ所存在する。

・教区・教務支庁

教務支庁とは、各都道府県を教区として設けられる宗教法人天理教の地方事務所である。一般教会が布教の系統にしたがって(地域性とは関係なく)設置されるのに対して、教務支庁は各都道府県を教区として置かれている。また、教区はさらに支部に分割(市・郡単位を原則として設置)されている。

 

*信仰生活

にをいがけ

天理教における布教活動のこと。にをいがけを行うことによって、相手だけでなく自らも成長するとされる。

こどもおぢばがえり

こどもおぢばがえりとは、毎年7下旬から8上旬にかけて行われる、子ども向けの行事である。天理教の信者家庭でなくても参加可。信者詰所で(日帰り参加者もいる)宿泊し、天理市内で行われる様々な行事に参加する。子供達が人間としてより一層成長していくとともに、友情の輪を広げていくという趣旨がこめられている行事である。

お節会

お節会(おせちえ)とは毎年15-7日に教会本部で行われる行事で、期間中に人類の故郷「ぢば」に帰り、参拝した人々に、教会本部の元旦祭に供えられていた鏡餅雑煮にしてふるま
う行事であり、教祖が在世中の明治時代から続く歴史のある伝統行事である。

別席

「ようぼく」(用木)になるために、天理教の考え等を聞く講義。「ようぼく」は一般的な宗教における信者に相当する。17歳以上で「ようぼく」になりたいものであれば、誰でも聴講することが出来る。9度聴講すると、願い出た人に対して、「おさづけの理」を拝戴することができ、おさづけが実行できるとされる。

おさづけ

天理教では、「おさづけ」を取り次いでもらうことによって病気を治すと言われる。「ようぼく」であれば、おさづけを取り次ぐことができる。

修養科

修養科(しゅうようか)は、宗教法人天理教が主催する天理教の教義等を学ぶ場であり、「ようぼく」を目指す講習会である。奈良県天理市内の天理教の信者詰所で3ヶ月間宿泊しながら、学ぶ。この修養科に学びにきている者達を修養科生という。満17歳以上の者であれば、誰でも参加することができ、天理教の一般教会等を通じて申し込む。午前中は天理教の教義を学んだり、おてふり、なりものといった天理教の宗教儀式を練習し、午後は天理教に奉仕活動するひのきしんを行う。修行は早朝から始まる。修養科は何度でも参加することが出来る。

講習会

修養科以外の講習会としては、基礎講座、三日講習会、教会長資格検定講習会前期などがある。 基礎講座は信者・非信者を問わず天理教の教義をわかりやすく説明するもので、天理市の他、東京、北海道、福岡、新潟の各教務支庁等でも受講することができる。その他は、原則として天理市で受講する。

 

*海外布教

天理教は明治時代から世界各国に進出している。一つは、集団移民した日本人や日系人の場所へ、信者が布教した場所であり、現在も教会のある国としてはアメリカハワイ島、西海岸地区)、ブラジルアルゼンチンパラグアイなどがある。もう一つは、戦前の日本の占領地で移住した信者が布教した場所であり、台湾韓国などがあげられる。戦後進出した国は布教師が布教を目的に入った場所が多いとされ、コンゴ、ケニア、ウガンダ、タイオーストラリアインドフランス、インドネシア、フィリピン、ネパール、イギリス、メキシコ、ニュージーランド、シンガポールなど、世界各国に及ぶ。

 



[1] 大和国(やまとのくに)は、かつて日本に設けられた地方行政区分のの一つである。領域は現在の奈良県にあたる。

[2] 山伏(やまぶし)とは、山の中をひたすら歩き、修行をする修験道の行者。「修験者」( しゅげんじゃ)とも言う。

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